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大阪地方裁判所 平成11年(ワ)2732号 判決 1999年12月24日

原告

月館健

原告

西川潤

原告

柿坂宗大

原告

加藤峰雄

原告

西川宗賀

原告

大吉由美子

原告

横山良子

原告

井上千佳

原告

鈴木恵美子

原告ら訴訟代理人弁護士

岡本栄市

内海和男

相川嘉良

被告

津田鋼材株式会社

右代表者清算人

坂本秀文

右訴訟代理人弁護士

織田貴昭

磯田光男

黒田清行

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一申立て

一  原告ら

1  被告は原告らに対し、別紙退職金上積み額一覧表記載の各金員及びこれに対する平成一〇年一一月一四日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員の支払をせよ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

二  被告

主文と同旨の判決を求める。

第二主張

一  原告らの請求原因

1  当事者

原告らは、いずれも被告の従業員であったものである。

被告は、普通鋼鋼材、特殊鋼鋼材、非鉄金属、セラミックス及びこれらの原材料、二次製品、加工品の売買、輸出入、製造及び加工等を目的とし、大正七年二月一一日に設立され、資本金五億五〇〇〇万円、従業員数約三〇〇人を擁する株式会社であった。

2  原告らの退職

(一) 被告は、経営不振を打開する対策として、希望退職者の募集を決定し、平成一〇年八月二四日、全従業員に対し、次の要領で、約五〇名の希望退職者の募集を行なった(以下「本件募集」という)。

(1) 募集人員 約五〇名(総合職約四〇名、一般職約一〇名)

(2) 募集期間 平成一〇年八月二四日から同年九月一四日午後五時まで。

(3) 募集条件 規定退職金に基本給の六か月分を上積みして一括支給する。

支給方法は従来どおり(退職日起算四〇ないし四五日後の振込予定)。

退職日は平成一〇年九月三〇日とする。

業務引き継ぎは必ず完了させること。

(二) 原告らは、本件募集の募集期間内に左記のとおり応募した。

(1) 原告月館健は、平成一〇年九月二日に書面により

(2) 原告西川潤は、平成一〇年八月二七日に書面により

(3) 原告柿坂宗大は、平成一〇年八月二四日に書面により

(4) 原告加藤峰雄は、平成一〇年九月七日に書面により

(5) 原告西川宗賀は、平成一〇年九月一日に書面により

(6) 原告井上千佳は、平成一〇年九月七日に書面により

(7) 原告鈴木恵美子は、平成一〇年九月七日に書面により

(8) 原告大吉由美子は、平成一〇年九月九日に口頭により

(9) 原告横山良子は、平成一〇年九月七日に書面により

(三) 被告は、本件募集の募集期間内である平成一〇年九月一〇日、突如、本件募集を撒回する旨を、全従業員に対して一方的に書面をもって通知した。右通知書には、「すでに応募された方々には白紙撤回の措置とさせて頂きます。」との記載があった。

(四) しかしながら、本件募集は申込みであるから、原告らがこれに応募したことは承諾であり、右承諾によって直ちに合意退職契約が成立し、募集要綱に定めた法律効果が発生している。なお、募集人員を超過するとか、一事業所あるいは一部所に偏り被告側の調整が必要となる場合には解除権が留保されている解除権留保付合意退職契約の申込みということになるが、本件の場合、留保解除権を行使するような事態は生じていないし、実際にも行使されなかった。

仮に、本件募集を申込みの誘因と解すれば、原告らの応募が合意退職契約の申込みとなるが、被告はその調整を必要とする場合以外は承諾を拒否できない。つまり、本件募集を申込みの誘因と解しても、被告はその調整を必要とする場合を除き、原告らの申込みを受け付けた時点で、その申込みを承諾したものというべきである。

3  原告らの上積み退職金

(一) 原告らの一か月の基本給は次のとおりである。

(1) 原告月館健は、

四九万七九八〇円

(2) 原告西川潤は、

四六万四〇九〇円

(3) 原告柿坂宗大は、

四六万五四九〇円

なお、原告柿坂宗大の本件募集当時の基本給は、四二万三〇〇〇円であったところ、平成一〇年七月分給与以降、被告から何らの根拠もなく一方的に減額されたものであるが、右減額は、労働基準法二四条に違反する無効なものである。そこで、原告柿坂宗大については、平成一〇年六月分給与の基本給を基準金額とすべきである。

(4) 原告加藤峰雄は、

二七万六一一〇円

(5) 原告西川宗賀は、

二五万三一一〇円

(6) 原告大吉由美子は、

二〇万三三七〇円

(7) 原告横山良子は、

二〇万五四四〇円

(8) 原告井上千佳は、

一九万九六四〇円

(9) 原告鈴木恵美子は、

二〇万〇五八〇円

(二) そこで、原告らの上積み退職金額は、右基本給各金額を六倍した別紙上積み退職金額一覧表記載の金額のとおりとなる。

4  よって、原告らは、被告に対し、本件合意退職契約に基づき、別紙上積み退職金額一覧表記載の金額及びこれに対する募集要綱記載の支給日の翌日である平成一〇年一一月一四日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告の認否

1  請求原因1の事実は認める。

2(一)  同2(一)の事実は認める。

(二)  同2(二)は、原告大吉由美子を除き認める。原告大吉由美子については否認する。応募は事業部長宛に文書によってすることとされていたところ、同原告は正式な応募をしていない。

(三)  同2(三)の事実は認める。

(四)  同2(四)は争う。

本件希望退職者の募集は、申込みの誘因にすぎない。募集要綱には、申出を受けた後に退職者を調整する旨を記載しており、申出を受けた時点で退職が決定することを予定していない。

3(一)  同3(一)の事実は、原告柿坂宗大に関する事実を除き認める。原告柿坂宗大については、その基本給が平成一〇年六月までは四六万五四九〇円であったが、同年七月から四二万三〇〇〇円となったことは認め、その主張は争う。原告柿坂宗大の基本給の変更は、被告の経営の建て直しのために、平成一〇年四月一日に導入された新人事制度に基づくものであり、その資格が参事から主幹9に変更になったことによる。

(二)  同3(二)は、計算上、原告ら主張の金額となることを認める。

理由

一  当事者

請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  本件募集に対する原告らの応募及び募集の撤回

請求原因2(一)の事実は当事者間に争いがない。また、同2(二)の事実も、原告大吉由美子を除き、当事者間に争いがない。原告大吉由美子の応募については、これを文書による応募に限定したと認めるに足りる証拠はないところ、(人証略)、原告大吉由美子本人尋問の結果によれば、原告大吉由美子は、その上司である河合部長に対して応募の意思を伝えており、これは被告の事業部長にも伝えられ、被告は原告大吉由美子を慰留するなど応募した者として扱っていることを認めることができ、これによれば、原告大吉由美子は本件募集に応募したものと認めることができる。

しかるところ、請求原因2(三)の事実は当事者間に争いがない。

三  合意退職契約の成否

原告らは、本件募集は契約の申込みであり、原告らが応募したことによって、直ちに合意退職契約が成立したと主張するので、検討するに、(証拠・人証略)、原告大吉由美子本人尋問の結果によれば、本件募集に対する応募は、文書によるものとしていないこと、募集の人員を、総合職約四〇人、一般職約一〇人と限定し、募集要綱に「<2>募集人員を超過して申込みがあった場合は会社側で調整致します。<3>一事業所あるいは一部署で偏った申込みがあった場合も同様に調整致します。」と記載し、また、応募後に慰留を試みた例もあることが認められる。これによれば、被告が本件募集に対する応募について「申込み」という表現を用いているうえ、応募に文書を要求するなど厳格な手続を要求せず、募集人数を限定し、応募によっては調整を予定していたことは明らかであって、被告の意思としては、応募後に退職者を確定する意思であったと認めることができ、本件応募は申込みの誘引であって、申込みではないというべきである。

原告らは、右調整が必要となる場合には解除権が留保されている解除権留保付合意退職契約の申込みであるというが、表意者である被告の意思に沿わない解釈であるといわざるを得ない上、退職という労働者にとっても重大な結果をもたらす契約について、その意思を確認するような厳格な手続もなく効果を発生させ、使用者の都合で調整が必要となる場合にだけ解除権を留保するような形での退職者募集はむしろ許されないものというべきである。

また、原告らは、本件募集が申込みの誘因であるとしても、被告はその調整を必要とする場合以外は承諾を拒否できないから、その調整を必要とする場合を除き、原告らの申込みを受け付けた時点で、被告はその申込みを承諾したものというべきであるというが、調整を必要とするか否かは、応募即ち申込みより後に判明するのであるから、応募の時点で合意が成立するとはいえない。

なお、希望退職募集に応募することは、それが申込みの誘引であるとしても、労働者に重大な決断を要求することであるから、右募集をたやすく撤回することは許されないとはいえるが、証人中本渉の証言によれば、本件募集の撤回は、募集後に、被告が解散することになったため行われたことが認められるところ、被告が解散すれば全ての従業員が退職することになるのであって、この場合、他の従業員との公平を図る観点からは、撤回もやむを得なかったというべきである。

してみれば、原告らについて、本件募集に基づく合意退職契約は成立していないといわなければならない。

四  結論

以上によれば、その余の点を判断するまでもなく、原告らの請求は理由がない。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 松本哲泓)

別紙 上積み退職金額一覧表

<省略>

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